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積丹半島を旅しました

10月に北海道に行ってまいりました。

今回は、北海道西部を中心に札幌から積丹半島を一周し、羊蹄山のふもとを走り伊達市に宿泊し、洞爺湖、支笏湖をめぐる旅となりました。

メインは積丹半島の先端にある神威岬(カムイミサキ)に行きシャコタンブルーと呼ばれている美しい海を見ることでした。

 

 

私は数年前にシャコタンブルーを見ていますが、今回は、一緒に行った姉に見せたいと思ったのです。

神威岬は、車で札幌から高速で2時間ほどです。高速のICを出て、国道(愛称:日本海追分ソーランライン)を走ると神威岬の駐車場に到着しました。

あまり混雑していませんでした。10月中旬でしたが、汗ばむような陽気で、天気も良く正にシャコタンブルー日和と思いました。

ところが、予期していないことがおきました。なんと女人禁制の門が閉まっていたのです。

  

 

神威岬には、女人禁制の門からチェレンカの小径という遊歩道があり、岬の先端まで行き海岸に降りることができます。そこから見る海が美しいのです。

私たち以外にも女人禁制の門の前で立ちすくんでいる方が沢山いました。混雑していないのもそのせいでしょう。

女人禁制の門は、閉鎖していると尚更、拒絶しているかのように思えました。神威岬は明治初期まで女人禁制の地であったようです。

悲恋物語である「チェレンカの伝説」に由来しています。アイヌの娘と源義経の悲恋です。

 

「女人禁制の神威岬に義経の伝説」

義経に強く思いを寄せる首長の娘チャレンカ。しかし義経は大陸へ向かって旅立ってしまう。

チャレンカはその後を追い、神威岬までたどり着くも義経の船は沖の彼方へ。悲しみにくれたチャレンカは、「和人の船、婦女を乗せてここを過ぐればすなわち覆沈せん」と恨みの言葉を残し海に身を投げてしまった。

悲しみと恨みを抱いたチャレンカの身体は神威岩と化し、以来、その周辺に女性を乗せた船が近づくと必ず転覆したことから、神威岬は女人禁制の地に。

この決まりは明治時代初期まで続くこととなった。

 

 

海と空の碧さと静けさがどこか切なくなってくるのは、伝説のせいかも知れません。

予期していないと申しましたが門の閉鎖については、積丹観光協会のホームページに工事のお知らせが載っていました。

来年もどこか旅に出たいと思っています。次こそは、しっかりと準備をして完璧?な旅にしたいと思っています。

事務員M

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