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「物事の筋道」

「物事の筋道」

 

民事調停法という法律があります。第1条には、「この法律は、民事に関する紛争につき、当事者の互譲により、条理にかない実情に即した解決を図ることを目的とする」と書いてあります。

 

ものの本によれば、条理とは、「物事の筋道」ということです。

 

人と人とが何かの問題で意見が食い違う場合、筋道の考え方にくい違いがあります。日本人は、一般に、こういう考え方をしているという言い方があります。しかし、紛争になるのは、同じ日本人でも物事の筋道の考え方が違うのです。それが紛争の原因の一つです。

 

Aさんは、Bさんの物事の筋道の考え方がおかしいと感じますが、BさんからするとおかしいのはAさんだということです。お互いに相手の考え方が条理に反すると思えば紛争になります。

「相手は不条理なことを言っている!許せない!」

となります。

 

しかし、数ヶ月から何年にもわたる長い期間の交渉関係から紛争が発生する場合に、筋道の考え方が異なってくることは人間にとって避けられないことでしょう。

 

逆に言えば、そこに共通の筋道を見つけることができれば紛争解決の鍵になることがあります。
しかし、その道筋が見付けられない場合は、話し合いで紛争を解決することはできません。訴訟を通じて白か黒かの決着を図ることになります。ただ、訴訟になっても、共通の筋道が見えて来た場合には、その時点で話し合い解決ということもできます。

 

最後まで共通の筋道が見えてこなければ判決となります。

 

判決は、認定された事実を前提に法律を適用して判断しますから、実情と条理とで判断するものではありません。しかし、その背後には、裁判官が考える物事の筋道があります。

 

裁判官の出した判決でも、勝ったAさんにとっては、筋道が通っていると感じられるでしょうが、負けたBさんにとっては、筋が通らないということになります。

 

誰からも承認されるような筋道というものはないのです。

 

(以上)

 

弁護士 平井

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