命を守る「泳げない」という自覚 ~4年かかった25mに思うこと~
今年も痛ましい水難事故のニュースを耳にする機会が増えました。川や海でのレジャーは楽しいものですが、毎年繰り返される悲劇に、胸が締め付けられます。
小学6年生になる我が子も、つい最近まで全く泳げませんでした。
「泳げない」という事実は、彼にとって大きな壁でした。小学校の授業ではほとんど泳ぐことができず、夏休みの市民プールでは、深い方へ行くことさえ怖がっていたほどです。
毎年夏になると、可児市の「25mを泳げない小学生対象」の初級水泳教室に通わせていました。今年で4年目。正直、今年もダメかなと半ば諦めかけていましたが、最終日、とうとう25メートルを泳ぎきったのです。感動と安堵で涙が出そうになりました。
しかし、私が本当に嬉しかったのは、彼が「泳げるようになったこと」だけではありません。
彼が水泳教室に通い始めた当初、私は「泳げるようになれば、水難事故の危険が減るだろう」と安易に考えていました。しかし、ある時ハッと気づかされたのです。本当に大切なのは、「泳げること」ではなく、「泳げないという自覚」なのではないかと。
彼は長年、自分が泳げないことを誰よりも深く自覚していました。だからこそ、不用意に川や海の深い場所に近づくことはありませんでした。友達が楽しそうに飛び込む姿を見ても、「僕は泳げないからやめておく」と、きっぱり断ることができたのです。この「自覚」こそが、彼の命を守る一番の盾だったのだと、今になって強く思います。
今回の水泳教室で25メートルを泳げるようになったとはいえ、彼はまだ「水泳の初心者」に過ぎません。これからも、彼は川や海、そしてプールで遊ぶたびに「自分はまだそこまで上手じゃない」「危険な場所には近づかない」という自覚を持ってくれるはずです。
今回の経験を通して、改めて子どもたちに伝えたいのは、無理に泳げるようになることよりも、自分の能力を正しく理解し、過信しないことの大切さです。
「自分は泳げない」と知っているからこそ、危険な場所から自然と距離を置くことができる。
「少し泳げる」ようになった今も、「自分はまだ上手じゃない」と自覚しているからこそ、油断せずにいられる。
水辺の事故を減らすために本当に必要なのは、泳ぎの技術を身につけること以上に、自分の身を守るための「適切な判断力」と、それを生み出す「謙虚な自覚」なのだと、改めて実感した夏になりました。
子どもたちが安全に夏を楽しめるよう、私たち親もこの大切なメッセージを伝え続けていきたいですね。
事務員K
